どのメーカーの樂器がいいのですか?

 

【Q】 こんにちは。中学校でユーフォニアムを吹いています。今度、楽器を買おうと思うのですけれど、楽器屋さんに聞いたら、ベッソンとウィルソンをすすめられました。どっちを買った方がいいのでしょう。

【A】 え〜っと、どっちでもいいのではないでせうか(笑)。ワタシだったら、見た目と、吹いた感じで決めますかね。もう、吹いた感じでも、見た感じでも、好きなのを選ぶといいと思ひます。ベッソンやウィルソンは、確かにいい樂器だと思ひますし、それに「いい樂器で練習すると、ぐっと上手くなる」といふのも、間違ひではないと思ひます。新しい樂器といふのは、置いておくだけでも、ワクワクするものですからね。日本經濟の爲にも、皆さんどんどん樂器を買ひませう! と、いつもなら、べらんめぇで、さう言ふところなのですが(笑)。いままでも、何度かかういふ質問を受けてゐて、その都度、色々お應へしてるのですが、我ながらどうも釋然としないんですね。

 ふっと、こんな話を思ひ出しました。都内にあった小さな樂器屋さん(今もあるのかな?)なんですが、店のオヤジはプロのバンド奏者だった人なんです。で、小汚い店内には、無造作にマウスピースやらなにやらが展示して(ほっぽりなげて)あったらしいです。そこでマウスピースを買はうとした人が、あれこれ試奏して惱んでゐたら、「マッピなんかに頼らないで、もっと練習してこい! 歸った、歸った!」と、オヤジに追ひ返されたらしいです(ホントに(笑))。ワタシは好きだなぁ、かういふオヤジ。恐らく日本全國の樂器店に従事する人の殆どが、やりたくても出來ないことを、このオヤジはやってしまふのですから(笑)。

 樂器は、一見、値段からすると一生モノですが、ワタシの周りを見ても、實際に一生モノにしてゐる人は、實に少ないんです、ホントに。ワタシが知ってるだけでも、押入で旅行鞄とかの下敷きになってるであらうアレキサンダーのホルンや、ミラフォーンのテューバが何台あることか(涙)。樂器をやめてしまふといふ方のお話はともかく、長く續けてゐると、大抵、途中で別の機種が欲しくなって、買ひ換へる人が殆どです(勿論さうではない方もゐますが、少ないですね)。

 ワタシは、かう聞くと意外に思はれるかも知れませんが、ヤマハ321Sを、中學生の時から10數年も吹いてゐました。しかし、それで、自分の進歩が遮られてゐると思ったことはありませんでした。もちろん、さういふ風に言はれたことは、先輩、後輩、ユーフォニアムを專門にしてゐるプロの先生方からも、幸ひにして、ありません(ありがたや)。それどころか、音大卒のユーフォの方に、「それ、どこの樂器なんですか?」と興味深く尋ねられたりもしました(ホントに(笑))。それが、ある日、もっといい演奏をしたい、といふ思ひが強くなりまして、半年ぐらゐ中古を探し回って、たうとう中古のサテン・ウィルソンを見つけ、それを購入したのでした。そしてさらに、もっと癖のある音、味はひのある演奏をしたくて、目下少々古い樂器で練習を積んでゐる次第なのです。今でこそ、數台の樂器を抱へてゐますが、それまでの10數年は、ずっとヤマハ321S一本を吹いてきました(一時期、ドイツ系の曲をやる爲に、ロータリーの樂器を使ふことはありましたが)。

 ところがですね、ウィルソンに換へて、數ヶ月は、全然音にならなかったんです。もう、音が途中でブスッと切れてしまったり、頭から音が出なかったりで、酷いときはテューニングすら出來ないくらゐでした。買ふ時に、ウィルソンだし、サテンだから、いい音が出るはずだ、といふ思ひ込みが、やっぱりあったのでせうね。なんで出ないんだらうと、いろいろ惱みました。結局、基礎から練習し直すしかない、といふところまで行きまして、當時、ワタシは麻雀店で働いてましたから、お客さんが早くに切り上がった日など、夜中に店の中で、黙々とロングトーンや教則本の練習をしてましたよ、何ヶ月か。時々出てくるいい音に希望を抱きつつ、なんとか練習してきたんですね。そしたら、ある演奏會で、えらいいい音が出たんです。「ああ、この樂器で、こんな演奏がしたかったんだ」っていふことがはっきりした感じでした。そしたら、團の講師の先生方が口々に、「あれ? 樂器換へた?」だって。半年も經ってるし、サテンになってんだから一目瞭然だらうってのに(笑)。

 大抵の樂器屋さんは、「いい樂器でないと上手くならないよ」と言ふでせう。これが殺し文句なんですね(笑)。それは確かにさうかも知れませんが、ワタシはあんまり良い言葉、意味のある言葉ではないと思ひます。それは、いい(と言はれてゐる)樂器を使ってゐるから上手くなるとは、決して言へないからです。良い樂器を持ってゐるといふのは、いい演奏が出來るやうになる機會がほんの少し拡がったといふことに過ぎないのです。これを膽に銘じておくことです。

 ワタシは、自分のして行きたい演奏を見出す爲にも、きっとこれからも、見た目や吹いた感じで樂器を選ぶでことでせう。そのやうにピンと來る樂器がなければ、きっと買はないことでせう。樂器の選び方は、それ以外に、ワタシにはないのかも知れません(置物や、研究用として買ふのでしたら別ですが)。ただ、「世間の評判をアテにする」といふ選び方だけは、多分これからはしないことでせう。ブランド名に目をくらませないことです。ベッソンやウィルソン買ったくらゐで良い演奏が出來るくらゐなら、こんなお目出度い話はないんです。CPUの速いパソコンを買へば、いやでも、誰が使っても処理速度は速くなる、といふのとは、譯が違ふのです。あ、でも、パソコンだって、ソフトの使ひ方が分からなければ、どんなにCPUの速い機種だって、処理速度は遲くなりますね。その意味では、近いか(笑)。

 と、まぁ、これは、自分で稼げるやうになってからのお話。もしご兩親さんに「買って貰ふ」のでしたら、「どっちがいいのか分からない」と迷ふやうであれば、買って貰ふのをきっぱりやめませう。それでも欲しいと思ふのであれば、それは單に樂器が欲しいといふだけです「これが欲しい!」「この樂器で演奏したら、いい演奏になるだろうナァ!」となるまで、我慢するのです。それまでにやって置かなくてはいけないことが、山程あるといふことなのですから。