ユーフオニアムの歴史 各論 〜「ゾンマーの發明した? Euphonium」その1

 

 前項にても述べたが、「Euphonium」と聞くと、すぐさま Boosey & Hawkes 社のモデルのやうなユーフォニアムを思ひついてしまふものだが、1878年(1874年の説もある)に、Boosey Co. の「コンペンセイティング」の「ユーフォニアム」が出現するまでは、決してさうとは言へなかったのではないかと思ふのである。

 從って次のやうな、ユーフォニアムに關する言説にも注意してかからなくてはならない。

 「『ユーフォニアム』を最初に發明したのは、ドイツのゾンマー(Sommer)といふ人だ」

 かの「Encyclopedia Britanica」の「euphonium」の項にも、

It was invented in 1843 by Sommer of Weimar and derived from the valved bugle (flueglhorn) and cornet.
それ(Euphonium)は、1843年にヴァイマールのゾンマーによって發明され、ヴァルヴビューグル(フリューゲルホーン)やコルネットを元に作られた。

と書いてあるので、まんざらガセといふ譯ではなささうだ。以前なら、パッと現在のユーフォニアムか、サクソルンのバスなどが思ひ浮かべられたのだが、色々調べていくと、どうもさうは行かなくなった。

 まづ、「Encyclopedia Britanica」は英語なので、どこがドイツ語本來の單語で、どこが英語に翻譯された單語なのかが、まるで分からないのだ。さうなると、ユーフォニアムを發明したのはゾマーだが、「Euphonium」といふ名稱だったかどうかまでは、この文献では分からない。別の文献では、ゾンマーは「Euphonion」と名付けたといふ記述も目にしたことがある。

 現代の「Euphonium」に相當する樂器が、ゾンマーといふ人によって發明されたものだといふことについては、はっきりしてゐるやうだが、やはりドイツ語による資料を當たらねばならない。

 しかし、ゾンマーといふ人に關する情報は、「ヴァイマール帝國のコンサートマスター」といふだけで、正式な名前すら分からず、一體どこのどいつなのだか、判然としなかった(洒落ではない(笑))。そこで、Google を使ひ、「sommer euphonium」また「sommer euphonion」を含む、ドイツ語のページを検索してみた。豈はからんや、Euphonium を發明した Sommer 氏に該當する記事のあるページは、一件も探し出せなかった! これはどういふことなのか? どう考へてもをかしい。現代の「Euphonium」に相當する樂器を發明したといふ、ゾンマーなる人物について、ドイツ語では一件も検索に掛からないとは? ちなみに、英語によるページを辿ると、數多くのページが表示されるのだ。

 考へても見れば、ゾンマーといふ人が發明したといふ「Euphonium」の寫眞やイラスト、設計圖などは見たことがない。これらは英文のインターネット記事にも現れてこない。どのやうな樂器なのかが、判然としないまま、英文資料には、あちこちに引用されてゐるといふのも、不可解な話である。何か手かがりはないかと、ちょっと方向を變へて、別の資料を當たることにした。

 また出典が英文資料になってしまふが、ハーヴィ・フィリップス、ウィリアム・ウィンクル兩氏による「The Art of Tuba and Euphonium」によると、1838年に、ヴィルヘルム・ヴィープレヒト(Wilhelm Wieprecht)とヨハン・モリッツ(Johann Moritz)は、5ヴァルヴのバステューバ(F管またはF管 注:同所ではE♭管としてゐるが、他の資料にはF管とある)と、4ヴァルヴのテノールテューバを製作したといふ。そしてゾンマーが1843年に開發した「Euphonium」は、このテノールテューバのボアを拡大したものであったとしてゐる(ゾンマーの Euphonium の件は、Jack Herrick, An Examination of the History, National Practices, and Modern Usage of the Wagner Tuben. からの引用とのこと)。もし、モリッツ製のテノールテューバがどのやうなものかが分かれば、ゾンマー製の「Euphonium」がどのやうなものかを想像する手掛かりになる。幸ひ、モリッツ氏の製作したバステューバは、寫眞資料に事欠かず、現物もベルリンフィルハーモニーに隣接の樂器博物館にも展示されてゐるくらゐである。

 

モリッツ氏の肖像と、Waldhorn in F(左)と 1900年頃製作の Basstuba in F(右) ベルリン樂器博物館の絵はがきより

 そこで、ゾンマーが「Euphonium」の元にしたといふ、モリッツのテノールテューバがどのやうな樂器であるか、探してみた。これまた記録が非常に少ないのだが、案外樂にドイツ語のサイトを探し當てた。http://home.t-online.de/home/Rsedlacek/lex.htm

(トップページにリンクを貼るべきだが、トップページらしきURLを入力すると、なぜがブラウザが凍り付いたり、正常に表示されなかったりしてしまふ。管理者の連絡先も分からず、ページが放置されてゐる恐れもあるため、ページから畫像と文章を借用せざるを得なかった。サイト管理者と連絡が取れ次第、事後承諾といふ形で轉載の許可を求めたい)

 

Basstuba in F/C Tenortuba in B Tenortuba in C
C.W. Motitz, Berlin um 1845.
84 cm hoch. Gebaut weitgehend nach W.Wieprechts
Patent von 1835. Abweichend davon vertifen Ventil 1 und 2,3 und 4 jeweils um 1 und 1/2 Ganzton (dagegen 1835 Ventil 1 und 2 um 1/2 und 1 Ganzton), dabei Ventil 5 schaltet zur C-Stimmung um.
C.W.Moritz, Berlin um 1850.
62 cm hoch.Im Prinzip die verkleinerte Bass-tuba mit drei Ventilen
Sachsen (Markneukirechen)1849. Saechsisches Modell. Ventil 1 vertieft um 1 Halbton.

 

 左から、モリッツ製の Basstuba in F、Tenortuba in B、そしてご參考までにモリッツ製ではない同年代のマルクノイキルヒェン製 Tenortuba in C(ザクセンモデルといふらしい)である。これらは大體同じやうな外觀であることが分かるかと思ふ。さうすると、ゾンマーが開發した「Euphonium」は、これよりもボアが太くなったモデルと想像することも出來る。あくまで想像に過ぎないが。

 ゾンマーの「Euphonium」については、今のところこれで手詰まり。インターネット上の英文のページには、情報がチラホラ見受けられるが、出典が不明なので、正確な資料とは言ひ難い。


 話は少々ずれ込むが、ロータリー系のバリトンやテノールホルンが、ユーフォニアムとは別の樂器であるとして、我國で「テナーテューバ」と呼ばれてゐることに對して、筆者はこれまで異を唱へて來た。「テナーテューバといふのは、パート名であり、樂器名ではない」と。確かに、モリッツの時代にテノールテューバといふ樂器は作られてゐた。しかし、モリッツがテノールテューバといふ名の樂器を作ったといふことを歴史的背景として、現代のロータリー系のバリトンやテノールホルンを「テナーテューバ」と呼ぶのは、やはりをかしい。日本で「テナーテューバ」と呼ばれてしまってゐるロータリー系の樂器と、ヴィープレヒトがモリッツに作らせたテノールテューバとは、ご覧になれば判る通り、相當に違ふものであることがお判りになるであらう。

 それどころか、本稿で採り上げたやうに、モリッツのテノールテューバはユーフォニアムの元祖であるといふ可能性すら出て來てゐるのである! いよいよユーフォニアムをテノールテューバと呼ばなくてはならないのか?(笑) 歴史は本當に難しい。



 2003年6月11日作成

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Hidekazu Okayama