ユーフォニアムの歴史 各論 〜「ゾンマーの發明した? Euphonium」その2

 

 ユーフォニアムを發明したといふゾンマー(Sommer)について、なかなか確證が得られず、悶々としてゐたが、何氣なく、他のユーフォニアムのサイトを巡ってゐるうちに、はたと氣付いた。ゾンマーはオフィクレイドを改良し、Euphonium と名付けたといふことだが、その樂器は當初 Sommerphorn と呼ばれてゐたといふのである。(Instrument Encyclopedia : Browse General Reference> Wind> 'Euphonium') そこで Sommerphone で検索をかけ、丹念にサイトを調べて行った結果、なんとその樂器が判明するに至った。

 People Play UK といふ、イギリスの舞台藝術で使用されたポスター、パンフレット、チケット、樂譜、繪はがき、服飾類などを公開してゐるサイトがある。ここのコレクション中、「Artworks」のカテゴリにある「Music sheet cover」に、「Farewell to the Exhibition」といふ樂譜の表紙が掲載されてゐた。

 

 

 拡大畫像、及び詳細については、是非リンク元(畫像をクリックするとジャンプする)をご覧頂きたい。この表紙で金管樂器を演奏してゐる人物が Ferdinand Sommer、演奏を聽いてゐるのが、アルバート王子とヴィクトリア妃である。表紙には1851年10月14日、クリスタルパレスにて行はれた「大博覧會」にて、アルバート王子と皇族の御前で「Sommerophone」(oが入ってゐる)を演奏した旨が書かれてゐる。恐らくは、この人物こそ、英文資料に登場する「ヴァイマールのコンサートマスター」なるゾンマー氏か、又は彼に關係する演奏者であらう。

 ゾンマーがユーフォニアムを發明したと言はれてゐるのは、1843年であり、それは、オフィクレイドを改良し、ヴィープレヒトの考案したモリッツ製テノールテューバのボアを太くしたものだとも言はれてゐる(前項參照)。この樂譜のカバーに描かれてゐる樂器を見ると、ヴィープレヒト&モリッツのテノールテューバにそっくりであり、彼が「Euphonium (Euphonion かも知れない)」と名付けた樂器に、かなり近いものなのではないかと考へられる。

 これで、ゾンマーといふ人物が實在したといふことと、Sommerophone といふ樂器の形状とが、一擧にはっきりした。しかしながら、ゾンマー氏が何処の何者であるのか畫像の F.Sommer 氏が、この樂器を發明した人物なのか、また「ヴァイマールのコンサートマスター」であったのかなど)、1843年にEuphonium(又は Euphonion)を發明したとする根拠、そして Sommerophone を Euphonium(又は Euphonion)と名付けたのかどうか、さうした肝心な點については、依然として確たる證拠資料が見出せない。とは言へ、かなり有力な手掛かりが掴めた。

 ちなみに、世界初の萬博とされるこの「大博覧會」は、1851年5月1日から10月11日までの開催であったさうだ。會場であったクリスタルパレス(なんとガラス張りで、長さ約563メートル、幅約124メートル、高さ32.9メートルにも及ぶ!)は、閉會後に移轉されることとなり、ヴィクトリア妃(後の女王)は、いたく悲しんでゐたといふ。お妃が最後にクリスタルパレスを訪れた際、クリスタルパレスと共に萬博のシンボルであった水晶製の噴水は、既に取り外されてをり、薄汚れた布、古びたカーテンが垂れ、展示物が小さな箱に詰めて運び出されようとしてゐる中、「さらば大博覧會」の思ひが込められた、オルガンと Sommerophone の音色が響き渡る・・・

An organ, accompanied by a fine and powerful wind instrument called the sommerophone, was being played, and it nearly upset me.
(拙譯)Sommerophone と呼ばれた、素敵で力強い音色の吹奏樂器を伴にして、オルガンがずっと奏でられてゐましたが、それは本當に我を忘れさせるものでした。("Queen Victoria" by Lytton Strachey. Chapter IV, Section VI. World Wide School のlibrary から、History, Biography のカテゴリへ進むと、閲覧が出來る。)

 何とも、もの悲しい話である。

 さて、かくして前項のはみ出しに記載した「モリッツのテノールテューバはユーフォニアムの元祖であるといふ可能性すら出て來てゐる」といふことが、より眞實味を増してきてしまった(笑)。今のところ、サクスのサの字も出しやうがない。


1. 1851年に開催された「大博覧會」については、柏書房のサイトの「連載・特別寄稿」に掲載の「大英帝国万華鏡 イラストレイテドロンドンニュース(ILN)に見る19世紀」(松村昌家著)が、大變參考になった。

2. 一口に「検索をかける」と言っても、これが大變で、正に干し草の中から針を見つけるやうなもの。例へば、今「Hellhorn」なる樂器を探してゐるのだが、かういふページなんかが検索されたりする。かうしたものを一軒一軒丹念に探していくといふのは、「検索したら出て來た」といふ程簡單ではないのである(笑)。しかし、どんな樂器だか分からないのだから、探さなくては語る資格がない。さう腹に括って、オタクだとなんだと言はれやうと、地道にやってゐる譯だ。

3. この Sommerophone なる樂器の繪の發見は、ユーフォニアムの歴史研究としては大變な發見だと思ふのだが、あまり大騒ぎにはなってゐない(笑)。この項の執筆から半年が過ぎ、管打樂器の專門誌「PIPERS」273号(平成16年 2004年5月号)に掲載の「管楽器奏者のための音故知新」(佐伯茂樹氏執筆)に、小生の發見が紹介された。佐伯氏は『「ユーフォニアムの発明はA.サックス」といわれているけれど…』と題し、ユーフォニアム研究の盲點を衝く、興味深い論攷を記してゐる。ユーフォニアムの歴史を語る者には必讀と言ってよいと思ふ(讀まないで語ると、大恥を書きます。近い將來きっと…)。


 平成15年10月27日

Hidekazu Okayama
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