各國のバリトン・ユーフォニアム

 

 一口にユーフォニアムと言っても、世界各國の吹奏樂團では、形状の違ふ樂器を使用してゐます。最近はアメリカやイギリスのスタイルに近い樂器が使用されることが増えてきたやうですが、世界各地の村のバンドや傳統的編成を護ってゐる吹奏樂團では、普段私達が眼にするユーフォニアムとは随分違った樂器を、現在も使用してゐます。いくつかをご紹介してみませう。


◆ アメリカのバリトンホーン

 

Saxhorn Bass in Bb Euphonium Bb Double Bells Euphonium
1861年當時のサクソルンバス。肩に擔いで演奏する。 キング社のバリトンホーン(ユーフォニアム)。モデル2266 コーン社のダブルベルモデル。第5バルブでベルを切替へる。

 

 アメリカでは、南北戰爭後、様々な金管樂器の改良が行はれたやうです。ヨーロッパから傳はったサクソルンといふ金管樂器群を改良し、肩にかつげるやうにしたものもあります。やがて吹奏樂團の發展と共に、サクソルンは機能的改良がなされ、フロントベル、フロントピストンアクションのアメリカンスタイルのバリトンホーン(上の畫像中央の樂器)が巷に出てきます。また、トロンボーンのベルを併せ持ったダブルベル仕樣のものが全盛の時代もありました。

 アメリカでは、ヨオロッパ各國の場合と異なり、ベルサイズ、ボアサイズが同じにも關らず、3ピストン式であれば「バリトンホーン」、4ピストン式であれば「ユーフォニアム」としてゐるやうです(イギリス式のユーフォニアムと區別する爲にも、ワタシはいづれも「バリトンホーン」と呼ぶことにしようと思ひます)。これらの樂器は、ワタシ達が普段眼にしてゐるユーフォニアムよりも、やや管が細めなので、ユーフォニアムよりも少し明るくハッキリとした音色がします。

 現在は、イギリス式のユーフォニアムが通常の編成で使用されてゐるやうです。イギリス製のベッソンや日本製のヤマハ、スイス製のウィルソンやヒルスブルナーなどの人氣が高いやうです。

【參考】
 
館長がコーン社製バリトンホーンで演奏した音源(mp3)
 
P.A.グレインジャー作曲「リンカンシャーの花束」第4楽章より 聽く!
(ARTUR Symphonic Winds TOKYO / Cond. 山下将矢 2002.11.24 三鷹市芸術文化センター 風のホール)
 P.A.グレインジャー作曲「リンカンシャーの花束」第5楽章より 聽く!
(ARTUR Symphonic Winds TOKYO / Cond. 菅原徳太郎 2003.5.17 中野ZERO大ホールにて)


 

◆ イギリスのバリトン&ユーフォニアム

 

Baritone in Bb Euphonium in Bb
Besson
BE955-2-0
Besson
BE968-2-0

 

 イギリスでは、フランスの傳統的樂器なサクソルンを改良しつつ製作していったベッソン社と、サクソルンに大幅な改良を加へて獨自の金管樂器を積極的に作っていったブージー・アンド・ホークス社とが競ひ合ひ、金管樂器製作の革新的システムを構築して行きました。やがて、ベッソン社がブージー・アンド・ホークス社の傘下に就き、今で言ふ「グローバル・スタンダード」なる樂器を、次々と世界に向けて發信しました。かうして、バリトンサクソルンやバスサクソルンに替って、私達が普段眼にしてゐるやうな、バリトンやユーフォニアムが世に出るやうになった譯です。又、1874年に、いち早くブージー社で採用された「コムペンセイティング」と呼ばれるヴァルヴシステムは、低音域の音程を補正する畫期的な方式で、現在は他社のバリトンやユーフォニアムでも採用されるやうになりました。

 かうしたサクソルン系の樂器を大きく發展させた背景には、イギリスにおける、ブラスバンド(サクソルン系の樂器とトロンボーン、打樂器のみで編成)の發展も、大きく作用したものと思はれます。現在でもブリティッシュスタイルのブラスバンドでは、これらサクソルン系の樂器を澤山使用してゐます。吹奏樂團では、通常ユーフォニアムのみが使用されてゐるやうです(ベッソン、ブージー・アンド・ホークスについては、別項で詳しく探求していきます。)

 バリトンは、管がかなり細く、明るくて輕い音がします。ユーフォニアムは、皆さんご存じの通り、太くて豊かな音がします。

【參考】
 館長がベッソン社製バリトン 955-1 SOVEREIGN で演奏した音源(mp3)
 
G.ホルスト作曲「軍楽隊のための組曲第1番」第2樂章より 聽く!
(渋谷区青少年吹奏楽団 / Cond. 山本 孝 2003.3.29 渋谷公会堂にて)


 

◆ フランスのサクソルン

 

Bb Saxhorn 4 valves Bb Saxhorn 5 valves
Courtois
Basse 164
Courtois
Basse 166

 

 フランスでは、アドルフ・サクスが特許を取った「サクソルン族」のうちのサクソルンバスが、割と最近まで使用されてゐたやうですが、徐々にユーフォニアムが使はれるやうになってゐます。とは言へ、ギャルド・レピュブリケーヌ音樂隊では、今も現役です。(ギャルドとサクソルンバスについては別項參照。)サクソルンバリトンは吹奏樂の編成には殆ど見られないやうですが、ファンファールといふサクソルン系の樂器編成が大きくなるとサクソフォン系の樂器が加はる)で編成された樂團において、現在も使用されてゐるかも知れません。

 なほ、フランスで使用されてゐるサクソルンバスには、第3ヴァルヴの抜差し管が通常より半音低く作られてゐるモデルがあり、5ヴァルヴ以上を備へたバスに、特に多く見られます。5ヴァルヴのバスがこのような構造になってゐる場合、實音Cは第1+第3ヴァルブでは演奏出來ません。第4ヴァルヴのみ、または第2+第3ヴァルヴで演奏するやうです。第5ヴァルヴはペダルのEsを出します。長い管を組合はせることによって、低音域の音程と鳴りに對處したものと思はれます。

「コムペンセイティング」のやうな自動システムとは對照的な構造ですが、最近になって、コムペンセイティングを採用したモデルも開発されました。第3ヴァルヴの抜差管はユーフォニアムと同じ長さに設計されていますので、ユーフォニアム奏者にも持ち替えやすくなりました。

 音色はユーフォニアムよりも輪郭がはっきりとした感じで、特にテューバとのオクターヴのユニゾンが際立ちます。また、長い管を備へてゐますので、低音域はユーフォニアムよりストレートに鳴ります。まさに「小バス」といふ感じです。


◆ ドイツ・オーストリア、東欧諸國のテノールホルン&バリトン

 

Tenorhorn in B Bariton in B
B&S 3032 B&S 3046

 

 金管樂器の一族を發明したのは、ベルギーやフランス、イギリスだけではありません。サクソルン系の金管樂器が作られてゐた頃、ドイツ、オーストリアや東欧諸國でも、各種の金管樂器が盛んに作られてゐました。その中には、サクソルンが影響を受けたと考えられるものが澤山あります。そしてそれらが發展して、今も吹奏樂團などで演奏されてゐます。

 この地方の金管中低音樂器は、ロータリーシステムヴァルヴを採用し、樂器全體の形状も卵形(ユーフォニアムのやうに眞直ぐなモデルもある)といった具合で、サクソルン系樂器とは少し違った外觀を持ってゐます。

 かつての我が國で、これらの樂器を目にする機會といふのは、海外の吹奏樂團を通じてではなく、海外のオーケストラを通じてでした。來日したオーケストラが「テナーテューバ」のパートを演奏するためにこれらの樂器を使用してゐたこと、そしてこれらの樂器がピストンヴァルヴではなく、ロータリーヴァルヴを備えてゐるといふことから、我が國ではこれらの樂器を「テナーテューバ」と呼んできました。

 決して間違ひではないのですが、不正確な呼び名のお陰で、これらの樂器について多くの誤解を生み出して來たことも事実です。私達日本人は、元來勤勉なはずですから、やはり正確な名稱で語るべきでせう。幸いなことに、昨今は、プロ奏者の演奏会などでも、きちんと樂器の名前が表示されるのを目にする機會が増えてきました。

 また、音楽事典などには、管が細めのテノールホルンと太めのバリトンとを、それぞれイギリスのバリトンとユーフォニアムに相当するものとしてゐます。しかし、テノールホルンは、イギリスのバリトンよりもずっと管が太く、ベルも太いので、その音色はむしろユーフォニアムに近いです。

 樂曲の上では、テノールホルン3パートとバリトン1パートが設けられ、第1テノールホルンが主旋律や對旋律を演奏し、第2、第3テノールホルンは後打ちのリズムを擔當、バリトンはテューバの1オクターヴ上や、第1テノールホルンとのハーモニーを擔當するといふ具合に役割が分擔されてゐます。丁度、ユーフォニアムが二部に分かれていた場合の上のパートを第1テノールホルン、下のパートをバリトンが擔當してゐるようなものと言って良いかと思います。

 現在は、國際吹奏樂コンクール等の影響からか、アメリカ、イギリス、日本などと殆ど變らない吹奏樂團を編成し、樂器もユーフォニアムを使用するやうになった樂團も出てきました。又、軍樂隊では、第二次大戰後の聯合軍の影響や、軍縮の傾向から、イギリスやアメリカの軍樂隊編成に近くなったやうで、テノールホルンを使用せず、管の太いバリトンのみを使用している隊もあります。しかし、多くのプロの吹奏楽団や各地方の村のバンドなどでは、現在もテノールホルンやバリトンが從來の役割通りに用ゐられ、大活躍してゐます。特にテノールホルンとバリトンで奏でられるハーモニーは、爽や且つ豊かな響きで、絶品です。



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Hidekazu Okayama