ケルン到着

<ソーセージ>

 13時か14時頃であつたか、ケルン市内へ入る。ケルン中央驛の近くにある有名なレストラン、『アルト・ケルン( Alt Koln )』で遲い晝食。なんだかんだで小生腹が減つてゐた。

 一體何が出て來るのだらうと期待しながら、同席の安江女史、木村真奈美女史(高2 トロムボーン擔當)と雑談。そのうちハミングをしながら給仕さん登場。大聲でドイツ語だかなんだかで話し掛けて來る。最初に出て來た料理は塩味のスープであつた。木村女史は塩味が苦手らしい。しかしドイツ料理は塩味で有名だといふ。どうしよう、と木村女史は困つた顏をして、結局半分以上殘してしまつた。給仕さんも、勿體ないなあ、といふ顏で、ガチャンガチャン音を發てて皿を下げて行つた。給仕さんが余りにも無造作なのでびつくりしてゐると、續いて待望のドイツ名物のソーセージが運ばれて來た。茹でた大きなソーセージに、キャベツの酢漬けとハッシュポテトが添へてある。名物に上手いものなし、とはよく言つたものだが、このソーセージはどうして、とても美味しかつた。

 腹一杯食べた後、ドイツで御世話になる○○氏(名前が思ひ出せない)を紹介される。小太りで、ユニークな性格が表情に浮かんで見える。○○氏には後にヒュルトで、2號車の連中が特に御世話になる。しかし、お世話になつた方だといふのに、名前を思ひ出せないのは失禮な話。さうだ、丁度「早野凡平」に似てゐたから、「凡平さん」と呼ぶことにしよう。この後2、3回くらゐは登場されると思ふので。

 再び給仕さんがガチャンガチャンと食器を下げてしまふと、よつしや行くべ、と全員ホテルへ出發。途中澁滞に巻込まれはしたが、15時頃、これから演奏會が終了するまでの3日間、我らが澁吹城となる、地元では一級のホテル、『モンディアール・ケルン( MONDIAL COLOGNE ) 』へ到着したのであつた。

<ケルンとドーム(大聖堂)について>

 モンディアール・ケルンは、中央驛から直ぐ近くの所にあり、ケルンのシンボルである大聖堂からは道路一本挟むだけである。

 ケルン( Koln )の名は、ラテン語のコロニア(植民地)から來てゐるのださうで、實際、紀元前38年にはローマ軍の設營地に、紀元50年にはあの地中海周邊地域一體を悉く支配した大ローマ帝國の植民地にもなつてゐる。中世には大司教の君臨するドイツ最大の町として繁栄し、經濟、文化などの面でヨオロッパの中心の一つとなる。1248年に、ドイツ最大のドーム( Dom 大聖堂)の着工、約600年後の1880年やうやく完成。2本の塔を持つ、高さ157メートル、奥行き144メートルの堂々たる風格、ゴシック建築特有の緻密さは、正にケルンのシンボルと言へよう。とは言ふものの、事前の下調べを全くしてゐなかつた小生は、實際にケルンの町に入りドームを見た時も、何だ随分とでかい建物だな、何だいこれは、などと言つてしまつたくらゐであつたから、この文章も歸國してから買つたガイドブックの丸寫しに近いのだ。お恥づかしい。

<眺めのよい部屋>

 さて一行はホテルのロビーに集合し、各部屋の鍵を受取る。日本の旅館のやうに、番頭さんが、いらつしやいませお疲れでせう、なんて言ふのと違つて、係はフロントで靜かに座つたままで、どうぞお入り下さい、といつた具合である。全員2階の部屋を使用するのだが、2階と言つても日本で言ふところの3階に當たる。日本で言ふ1階は階數に含めず、2階がここでは1階になるのだ。エレベーターを使つて2階へ上がり、各々の部屋へ入る。各部屋は2人で使用する事になつてをり、小生はトロムボーン擔當の山崎剛君(高1)と一緒になつた。

 鍵を入れドアーを開けて、ゆつくりと部屋の中に入る。なるほど、余計なものは何一つないが、中々綺麗な部屋ぢやないか。ベッドの脇にトランクを置いて、そのまま、つかつかと窓の方へ歩く。縱長の大きな窓を眼一杯に開けると、ひんやりとした、まだ冬の面影を殘した空氣が顏を包み込む。ほう、と一息つくと、黒ずんだ巨大な建物が眼に飛び込んできた。ケルンの大聖堂、ドームである。ロケットのやうな形の二つの主塔の雄大さと、その周りを取圍む無數の飾塔との見事な調和を、眞正面に望む事が出來る。小生、もともと籤運はよい方ではないのだが、今回は本當にいい部屋に當たつたものだ。

 部屋の中に眼を向けると、冷蔵庫の上にミネラルウォーターらしき瓶を發見。山崎君に聞いてみると、多分さうでせう、用意してあると添乘員さんが言つてましたから、といふ返事。それなら大丈夫だらうと栓を開け、グラスに注いで一口含む。含んだとたんに吐き氣をもよほした。何だこれはと瓶のラベルを見たが、ドイツ語だか何だかよく判らぬアルファベットが竝んでゐるだけで判りやしない。これは本當に水か、と考へてゐると、ミネラルウォーターには炭酸入りもあつたといふ事を思ひ出した。どうやらこの瓶に入つてゐるのは、それらしい。後で添乘員さんにこの話をしたら、飲み慣れてしまふと病付きになるんですがねえ、と言はれた。冗談ぢやない、こんなひどい味の水なんかあるものか。全く酷い眼に遇つた。

 集合時間の17時までは、まだ1時間以上ある。山崎君はもう自分の荷物の整理を始めてゐたが、小生はすつかりくたびれてゐたのでベッドで大の字になつてしまつた。ウトウトしてゐると、電話のベルが鳴つた。すかさず山崎君がそれを受けて、「 Hellow 」と言つてゐる。電話は他の部屋から掛かつてきたものらしく、その後直ぐ日本語で話し始めたのだが、彼も中々やるぢやないか。今度何處からか掛かつて來たら、小生もやつてみようと思つた。しばらくして丁度いい具合にベルが鳴つた。小生が受話器を取り上げて「 Hellow 」と言ふと、沈黙の後突然プツンと切れてしまつた。折角小生が外國映畫のやうに恰好よく應對したのに、と思つてゐると、またベルが鳴る。半分怒りながら受話器を取り、今度は、もしもし岡山です、と言ふと、普段よりずつと高い聲でこんな言葉が聞こえて來た。

 「ねぇ先輩先輩聞いてくれますぅ、いまねぇ、先輩のとこに電話したらねぇ、外の家に掛かっちゃったのぉ! ちょっと先輩! もぅ聞いてますぅ!」