忘れまじの歌 十一〜二十二                                      


					
十一  想へば浮世は夢現     繁華を極めた大東京     一大廢墟と成り果てて   三里四方の燒野原     彷徨ふ人の有樣は     一日二日三四日     喰ず飮ずに寢もやらず   魔の手に遂れし印とて     燒た着物を身に纏ひ    燒野の埃り浴びながら                       ぼうぼう     觀骨高く目は凹み     髪逆立ちて蓬々と     顏の色さへ蒼ざめて    體は疲れ力なく          しどろあし               とぼとぼ     歩行も難き支途路足    杖を力に途歩々々と       やたけ     心は矢竹目を見張り    泣々捜がす親や子の                  げうそう     燒死の白骨拾はんと    形想變り目は据り     凄き姿ぞ恐ろしく     悲慘の極み憐れさは     必ず必ず忘れまじ     必ず忘れは致すまじ
    ああ 十二  噫怨めしや此の姿     親兄弟の死骸とて     それとも確と認めかね   傷者病者の手當さへ     家なく衣なく食もなき   今の吾身は儘ならず                  はか     餓に疲れて夜もすがら   果敢なき夢も結びかね     頼む木蔭に雨漏りて    一族散々生別れ     遠く親戚を便りつつ    旅路に彷徨ふ同胞の     せんしんばんく     千辛萬苦の憐れさは    必ず必ず忘れまじ     必ず忘れは致すまじ
                 あまつくもゐ 十三  此時早く九重の      天津雲井に聲ありて     情けに厚き大君が     四苦八苦の民草を     救ひ給はん御心は     仁と慈悲との詔     あな畏しや御聖恩     必ず必ず忘れまじ     必ず忘れは致すまじ
                 いというあく 十四  攝政殿下御沙汰書に    最優渥なる天恩を     拜し奉りし各臣は     日々閣議を重ねつつ                    ごさん     互に驕りを誡めて     圍む午餐の卓上は     二個の玄米握り飯     澤庵梅干副食も     時に取つての大牢と    前代未聞の質素振り     一心不亂の奮勉で     應急的の對策は     三大勅令發せられ     二日に東京内外に     戒厳令を實施して     福田大將司令官     災後の不安と流言に    惑ふ市民の混亂を     防がん爲に備へたり    之と同時に内務省は     救護の資金其高は   九百六拾餘萬圓     支出の事を決定し     同時に發布の法令は     第一非常徴發令      第二暴利取締     第三治安維持令と     第四は支拂延期令     第五は罹災地減免令    第六物資供給令     第七權利の存續令     斯く迅速に取運び     政府の決心善後策     全力注いで罹災者の     配給と救護に違算なし   大御心の發動に     官民互に激勵し      斯まで至れり盡せるは     實に聖代の御賜物     必ず必ず忘れまじ     必ず忘れは致すまじ
    十五  あやに畏き大君が     御手元金の其中を     一千萬圓賜りて      罹災の民を救へよと     厚き仁慈の御心を     體し奉りて各臣は     畏き聖慮に泣き咽ぶ    特に皇后陛下には     後藤内相召出され     その有難き御諚には     吾も一汁一菜で      滿足するぞ国民も     亦節約を旨として     罹災の民を救へかし     官民心を併せつつ     帝都復興に勞めよと     宣ふ厚き御仁慈と     厚き憂慮の御心を     拜し奉りた恐懼さは    流石に後藤内相も     感激無量に絶えかねて   涙を垂れて拜辭せり     傳へ聞きつる災民は    厚き仁慈の聖恩に     嬉し涙に咽びたり     此有難き嬉しさは     聖恩必ず忘れまじ     必ず必ず忘れまじ     必ず忘れは致すまじ
    十六  死を免かれた罹災者を   救はんものと同胞が     帝都に急ぐ途すがら    汽車は乘客に充滿し     乘んとすれど乘ざれば   百里二百里何のその                         草鞋姿で徒歩の旅     眞心罩めた見舞人     幾百萬の數知らず     外國よりも一齊に     救ひの品々數多く     皇國の惠世の情け     感謝の念は胸に滿ち    近き未來にこの義侠     必ず報はで置く可や    此有難さ嬉しさは     必ず必ず忘れまじ     必ず忘れは致すまじ
    十七  百億餘圓の災厄も     日本魂失なはで     七千餘萬の同胞が     勤勉努力一致して                  すめらみくに     屈せず撓まず勇進し    皇御國の其爲に     振ひ興さん諸共に     帝都復興の其爲に     華美享樂を戒めて     盡せや勵め諸共に     人心善化は此際ぞ     幾十萬の死傷者と     財貨百億有餘圓      燒失したる此事を     片時も忘るる事なかれ   忘れなければ勝利なり     必ず必ず忘れまじ     必ず忘れは致すまじ
    十八  震災當時を顧みて     食はず飮まずに露宿した     其の艱難を忘るゝな    救ひの玄米握り飯     食した事を忘るゝな    五日七日も湯浴せず     汗と埃に汚れたる     着衣一つで轉び寢た     其辛苦をも忘るゝな    天の咎むる驕奢をば     今後は必ず愼みて     帝都復興に努むべし     帝都復興は萬國に     國威を示す標本ぞ     帝都復興を完美して    他國の侮り蒙るな     我が災厄を奇貨として   正義人道打わすれ     排日唱ふる米國の     暴慢無禮の振舞は     口に平和を唱へつゝ    災後の疲弊に附込みて     彼等の横暴見るに付け   想ひ起せば先の年     平和會議の美名にて    壓迫手段ぞ忌まはしき     青島還附も彼の爲め    鐵道還附も彼の爲め     郵便撤廢彼の爲め     軍備縮小彼の爲め     軍艦廢棄も彼の爲め    近くは上下兩院で     排日案の决議まで     遺恨重なる無念さは     骨に徹して忘れまじ    必ず必ず忘れまじ     必ず忘れは致すまじ
   
十九  彼等の手段や煽動は    事業を妨ぐ其爲めに     勞働時間の制限や     勞資の間を離間して     能率減少させん爲め    宣傳したるも彼なるぞ     我國力を弱めんと     文化の宣傳彼なるぞ     文化に過ぐれば弱くなる  文武並んで進むこそ     國を強むる基なるぞ    文化の毒に堕落した     支那の國情に顧みて    文武の道に心せよ     我武士道の尊さは     艱難辛苦を經る毎に                        たふと     氣勢も揚り強くなる    文武の道こそ尚けれ          ふせ     他國の侮り禦ぐ爲め    軍器糧食貯へよ     國辱免る其爲に      軍艦飛行機備へ置け     彼の軍艦恐るまじ     彼の巨砲も恐るまじ     恐るゝものは同胞の    浮華享樂の驕奢なり     次に恐る其物は      無頼怠惰の惰民こそ     敵艦よりも恐ろしく    天の大なる戒めに     心を一層引締めて     眞面目に業務勵みませう        みゐづ     陛下の稜威の其下に    勤勉努力致しませう     勞働能率増加させ     國力充實勵みませう     七千餘萬の同胞が     互ひに怠惰を戒めて     國力充實成功の      貢献一番努めませう     國力充實成功は      是こそ護國の金城ぞ     外侮を防ぐ鐵壁ぞ     國力充實せし上は       そそ     國辱雪ぐ時や來ん     國辱必ず忘れまじ     必ず必ず忘れまじ     必ず忘れは致すまじ
二十  災禍に伴ふ國難は     人道無視の米國の     排日案の横暴か      之が第二の國難ぞ                  きも     此の國辱を如何にせん   膽を嘗めても忘れまじ                       はや  を     薪に臥して我慢せよ    忠義に勇む逸り雄の     やまとたけを                きこ     大和武夫の腕磨き     騎虎の勢ひ一徹に                    こぞ     國難復興の努力には    國民擧つて節約し          すめくに     個人の節約皇國の     力を強むる基と知れ     質素節約忘れまじ     必ず必ず忘れまじ     必ず忘れは致すまじ
                 すめらみくに 二十一 三千年來光輝ある     皇御國の盛衰は     我が同胞の責任ぞ     今こそ重大危機なれば                  てんぢやうむきう すめくに     思想の善導努むべし    天壤無窮の皇國を     振ひ興さん諸共に     勤勉努力怠らず     みくに     皇國の力を養ひて     世界平和の其爲に     惠みを受し萬國の     義侠に報ゆる心掛け          そそ     同時に國辱雪ぐべき    國民今後の覺悟こそ     忘れてならん忘れまじ   必ず必ず忘れまじ     必ず忘れは致すまじ
二十二 忘るともなく過て行く   歳月廻りて壹ヶ年     拾有餘萬の生靈の     年忌を弔ふ供養こそ                      たきつせ     在世の跡を偲ばせて    哀しき涙瀧津瀬に     後世菩提を祈るのみ    今目の當り眺めつゝ     バラツク街も復興の    勇氣は愈々加はりつ     意氣は益々昂るのみ    坐ろに偲ぶ古去の跡     夢か現か幻か       山の手に住む幸ありて     家は倒れず燒けなくも   屋根の瓦は振り落て     柱傾き壁は裂け      其隙間より復興の          ずゐき                 しるし     朝日差込む瑞氣こそ    復興促す表徴なれ                  そそ     復興と共に國辱を     雪ぐ手段は外ならず     驕奢怠惰を戒めて     災禍の前に彌まさり     四方に輝く帝都の     その復興を祈りつつ     宮居の方を伏し拜み    盡し奉らん眞心は     我が大君の萬々歳     又伏し拜む皇室の       いや                         いや     榮え彌増す千代八千代   萬代までも彌榮え     祈り奉りて忘れまじ    盡せぬ御代迄忘れまじ     必ず必ず忘れまじ     必ず忘れは致すまじ