ショスタコーヴィチが、バレエ組曲「黄金時代」、バレエ組曲「ボルト」にて、オーケストラには珍しくユーフォニアムを採用したのは、以前から有名であった。實際のところ、スコアには「Baritono(あるいは複數のBaritoni)」と記されてゐるが、音域や響きの近さから、ユーフォニアムやロータリー式のテノールホルンやバリトンなど、各國の奏者が平素用ゐる樂器で演奏されて來た。
【バレエ組曲「黄金時代」Op.22a】
第2樂章「アダージオ」には、カデンツァを含む長大なバリトン(Baritono)のソロがある。この楽章には、同じくオーケストラでは珍しいサクソフォーンのソロもある。ショスタコーヴィチが、普段オーケストラには登場しないこれらの樂器を採用したのには、音色や響きの面白さだけではなく、何らかの「政治的」意味があるものかも知れないが、それはさうした謎解きに詳しい方に稿を譲るとしたい。
【映画音楽「ソフィア・ペローフスカヤ」Op.132】
「ワルツ」の主題が、バリトン(正式なパート名不詳)のソロで奏でられる。もの悲しい響きは、ロシアンワルツにしっくりと來る。
【バレエ組曲「ボルト」Op.27b】
バレエ組曲「ボルト」に至っては、バリトンだけではなく、通常のオーケストラの他、「バンダ」として、別の樂隊がスコアに指定されてゐる。終局のバリトンのソロを皮切りにフルオーケストラとバンダが大團圓を飾る。このバンダの編成は、以下のとほり。
Cornette in Eb
2 Cornetti in Bb
2 Trombe in Bb
2 Alti in Eb
2 Tenore in Bb
2 Baritoni in Bb
2 Bassi (記譜はC、オーケストラパートには Tuba が1パートある)
全音楽譜出版社刊ミニテュアスコア「バレエ組曲『ボルト』」の表記に基づく。この編成が、何を語るかは、各國の吹奏樂事情に詳しい方なら一目瞭然だ。さう、ソヴィエトの軍樂隊や一般バンドの金管セクションには、これらの樂器が含まれてゐたのである。(各樂器については、別項「ソヴィエトの低音金管樂器」をご覧になられたし)
從って、參照した全音版に記載の、大輪公壱氏の解説におけるこれらの樂器の説明は、筆者としては全く納得が行かない。ちなみに氏は、
Alti → Bbテナーテューバ
Ternore → Bbテナーテューバ又はヴァークナーテューバ
Baritoni → Ebユーフォニアム又は金管バリトン
と記してゐる。管樂器についてはあまり詳しくなく、一應その道の方に尋ねられたか、ご自身でお調べになったものと思はれるが、それにしてもあんまりである。
ショスタコーヴィチ作品におけるバンダの例は、他にこのやうなものがある。
【葬送と勝利の前奏曲 スターリングラード戦の英雄たちへの追憶のために Op.130】
2-4 Cornetti in Bb
3-6 Trombe in Bb
2-4 Alti in Eb
2-4 Tenore in Bb
2-4 Baritoni in Bb
2-4 Bassi (記譜はC、オーケストラパートには Tuba が1パートある)
「軍樂隊(吹奏樂)の響き」を、ショスタコーヴィチが自らの樂曲に加へたと考へることは、決して不自然ではないと思ふ。むしろ、さうではないと否定する方が難しい。また、オーケストラパートにはテューバパートを設け、バンダにはバスパートを配備したといふ事も、オーケストラにおける名稱と、吹奏樂における名稱とを分けて使ったものと考へて良いのではないかと思ふ。
【劇付随音楽「南京虫」Op.19】
「行進曲」にて、Clarinet 2, Trumpet 2, Alto(Eb), Baritone(Bb), Bass のパートがあるとのこと。なお、オーケストラにはTubaのパートがある。(筆者未確認)
言ふまでもなく、ショスタコーヴィチは、秘密主義國家のソヴィエト時代から、世界的に有名な作曲家であり、多くの作品が世界中で演奏されてきた。ソヴィエトが崩壊し、ロシア共和国となってからは、それまでよく知られてゐなかった、映畫やテレビ放送、舞台、式典の爲の作品が次々に發見、演奏されるやうになり、さうしたCD、スコアなども續々販賣されてゐる。今後も、より多くの作品が明らかにされて行くに從って、ユーフォニアム奏者を必要とする曲が發見出來るものと思ふ。
2005年6月26日作成
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Hidekazu Okayama