ユーフォニアムの歴史 各論 〜「サクソルンバス→ユーフォニアム」?

 

 「ユーフォニアムの歴史」などと、よく見かけるやうな題をつけてしまったが、歴史といふのは、探っていけば探っていくほど、分からなくなる。ユーフォニアムについてもさうで、例へば15年前のワタシの方が、今のワタシよりも饒舌にこれを語ることが出來たと思ふのである。「ユーフォニアムの歴史について知りたい」と思ってこのページをご覧になった方は、結局どう考へたらいいのか、路頭に迷ふかも知れない。しかし、それはそれでいいのではないかと思ふ。ワタシ達が試みるのは、例へて言ふなら、戰爭のさなかの寫眞を見て、この戰爭はいかなるものであったかを想像するやうなものであり、いかなる當事者の思惑があったものか、いかなる状況であったのか、その眞實を本當に知ることは、決して簡單ではないものだと思ふのである。簡單ではないものを簡單に解釋しないといふ態度が、一番膽心なのかも知れない。

 そこで、まづは割に手掛かりのはっきりしてゐる現代の樂器から遡ることによって、そのルーツを探るといふ手法をとってみたいと思ふ。

現行 1921年頃 下の繪は1874〜1878年頃のユーフォニアムであるかのやうな引用がよくされるのだが、實はいつの頃のモデルであるかが定かではない。
Boosey & Hawkes
Besson 968-2
Boosey & Co.
Class A
Boosey & Co.

 これらはいづれも Boosey & Hawkes 社(その前身たるBoosey & Co. 社)のユーフォニアムである。畫像をご覧になって分かるとほり、現代のユーフォニアムの代表的なスタイルであり、ユーフォニアムと聞いて、まづ思ひ浮かべるのは、このスタイルの樂器だと言ってよいかと思ふ。イギリスの同社がこのスタイルをとったのは、1874年頃とされてゐる。從って、130年を經ても、ユーフォニアムのこのスタイルは變ってこなかったといふことになる。Boosey & Hawkes 社のこれらの樂器の研究については、徒然草の「特別研究 Boosey & Hawkes, Besson のユーフォニアム」の各項目を參照されたい。

 しかし、Boosey & Hwakes 社以外にも、ユーフォニアムを作ってゐる會社は多數ある。そして、國によっても、形状やシステム、呼び名が大きく異なる。このあたりについては、「各國のバリトン・ユーフォニアム」「各社のユーフォニアム」を參照されたい。ここでは、現代のユーフォニアムの變遷を辿ってみることにしたいと思ふ。それには、Boosey 社では、いつ頃からユーフォニアム(Euphonium)を製造、販賣してゐたかが鍵になってくるのだが、これが實ははっきりしてゐない。Boosey & Hawkes 社のカタログに掲載の社史を繙くと、1878年に、「コンペンセイティングシステム」を採用したユーフォニアムを作ってゐるといふところまでは分かったが、それ以前についてはまるで分からない。

 そこで、1800年代後期に「Euphonium」といふ名稱で、金管低音樂器を製造してゐるメーカーはないかと探してみた。すると、A.ベインズの「金管楽器とその歴史」(音楽之友社刊)に、1849年頃の Henry Distin 社(イギリス)の廣告が掲載されてをり、そこに「Euphonium」なる樂器が掲載されてゐた。

 向かって右端が「Euphonium」である。クリックして拡大畫像を見て頂きたいのだが、この樂器は、その隣の「Contra Bass Tuba in E flat」のボアを、さらに拡大したやうなモデルに見える。さう、B♭管ではなく、なんとE♭管なのである。ベインズの注によれば、Distin 社の「Tuba」は、ベルアップ型のサクソルンを指すといふことだ。從って、Distin 社における「Euphonium」は、「Saxhorn Contrabasse en Mi♭」のボアを拡大したものであったといふことになる。

 フランスのサクソルン・バス(Saxhorn Basse en Si♭)のボアやベルの拡がりが改良され、豊かな音色を奏でるユーフォニアムが登場した、といふのが、我々がよく聞かされてきた、ユーフォニアムの發展の一齣だったのではなかったか? しかし、現にその物證なり、文献が見あたらなければ、あくまでそれは現代のユーフォニアムの形状から、そのやうな發展の仕方を想像したといふことに過ぎず、それがそのまま正確な知識であるなどとは言ひがたくなる。根據を示すことが出來なければ、あくまで一つの假説の域を出ないといふことを、肝に銘じて置かなくてはならない。

 さて、これをどのやうに解釋するべきかが大事なのである。前の「サクソルンバス→ユーフォニアム」といふ考へに凝り固まってゐると、Distin 社の誤植であると應へるか、無視して讀み飛ばすかのいづれかになりさうな氣がする。ワタシは馬鹿だから、まともに取り組む(笑)。さう、長年の疑問なのである。

 Distin 社の廣告を見て言へることは、1849年頃のイギリスでは、まだ「Euphonium」といふ名稱は、現代の「ユーフォニアム」の名稱とはなり得てゐないといふことである。そしてこの先、1878年に Boosey & Co. がコンペンセイティングの「ユーフォニアム」を販賣するまで、「Euphonium」がいかなる樂器を指して呼ばれたのか、見當がつかないのである。

 次項では、「Euphonium」といふ名稱から、この樂器の變遷を辿ってみたい。



平成15年6月11日

Hidekazu Okayama
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