テナーテューバ 傾向と對策 − 樂器の見分け方

 

 テナーテューバとバリトンってどう違ふのか? テノールホルンとは違ふのか? など、未だ名稱、呼稱についての理解が得られ難いやうである。ここでは、「テナーテューバ」と呼ばれてゐる各樂器を、ちゃんと見分けるコツを傳授する。

 まづ、はじめに肝心なことは、何度でも書くが、「テナーテューバ」とは、樂器名ではなく、パート名であることを、頭にたたき込んで貰ひたい。これは、ワタシの主義ではなく、テナーテューバと呼ばれる樂器は、その樂器の生産國では通常「テナーテューバ」とは呼ばれてゐないといふ事實に立脚してゐるのである。この事を中途半端に理解すると、後で大混亂になるのだ。日本の輸入業者が、バリトンやテノールホルンに「テナーテューバ」といふ樂器名をつけて、カタログなどに載せてゐる(その方が賣れる)が、本國では、そのやうなケースは殆どないと言ってよい。アレキサンダーも、ミラフォンも、B&Sも、モンケも、チェルヴェニー(アマティ)も、現在一切テナーテューバといふ名稱を用ゐてゐない賢明な讀者諸君は、この事實をしっかりと心に留めた上で、讀んで頂きたい。

 ちなみに「Tenortuba」といふ名稱の樂器を作って販賣してゐるのは、ワタシが調べた中では、ドイツのメルトン社、タイン社のみ。それも、メルトン社の數多くのテノールホルン、バリトンの中のたった2台(144a、145)と、タイン社の1台のみである。ちなみにメルトンの方は、プライスリストから姿を消してしまった。詳しくは、はみだしをご覧頂きたい。他社ではかうしたストレートベル・モデルは、單にテノールホルン、バリトン、カイゼルバリトンのストレートベルモデル(gerade)とされてゐて、名稱に變更はない。また、アレキサンダーでは、バリトンのストレートベルモデルは、なんと B-Bariton-Tubaとされてゐる。かうした事情から、ストレートベルモデルだから、テナーテューバである、と言ふこともまた出來ないのである

 また、1850年頃にモリッツによって作られた「テノールテューバ」といふ樂器がある。この樂器については、『ユーフォニアムの歴史 その2「ゾンマーの發明した Euphonium」?』を御參照頂きたい。

 日本でテナーテューバと呼ばれてゐる樂器は、大きく3つある。テノールホルン、バリトン、カイゼルバリトンだ。その3つ+カイゼル・バリトンのストレートベル・モデルを、ミラフォン社の樂器で比べると、かういふ感じである。

B-Tenorhorn B-Bariton B-Kaiserbariton B-Kaiserbariton
05 0047 07 0054 07 0056 07 0056A

 この3つを見分けるのは、「ベルの大きさ」と「ボアの大きさ」のみである。大きさの關係は、このとほり。(カイゼルバリトンのボアについては、徒然草の別項「カイゼルバリトン、カイゼルテューバ?」にて詳しく檢證)

テノールホルン < バリトン < カイゼルバリトン(条件付)

 ここで、間違ってはならないポイントが一つある。それは、ロータリーの數である。一般にテノールホルンは3ロータリー、バリトンは4ロータリーである。しかし、テノールホルンの高級モデルには4ロータリーの物があるし、バリトンの廉價モデルには3ロータリーの物がある。3ロータリーだからテノールホルンで、4ロータリーだからバリトンとは限らない

 しかし、ベルはともかく、ボアを寫眞等で判斷するのは、大變にむづかしい。そこで、ワタシなりの見分け方を記しておく。と言っても實は簡單なのだ。みなさんは、ヤマハのユーフォニアム、641と842を見分ける事が出來るだらうか? このページに興味を示した方の多くは、いとも簡單に見分けることが出來るであらう。なぜなら、正しい情報に基づいて提示されたそれらの樂器を見慣れてゐるし、人によってはそれらの樂器を、目の前で見たり、實際に所有してゐたりするからである。大事なのは、正しい情報に基づいてゐるかどうかなのである。先輩や、先生が言ってゐた、プロ奏者の○○氏が雑誌に書いていたといふだけでは、正しい情報とは言ひ切れない。樂器であれば、まづは、素直にそれを作ってゐるメーカーに根據を据ゑるべきであらう。メーカーのカタログ(しかも現地のもので、アメリカ版、日本版ではない)を入手するなり、メーカーのホームページ(そこに畫像がアップされてゐるかも知れない)を訪ねてみるのだ。そこで、それぞれの樂器を見比べるのである。そんなに堅く考へることはない。漫畫でも讀むみたいに、眺めるだけである。それで、氣になったところはスペックで確認するのである。ただ、それだけである。

 では、以下に例題を記すので、みなさんで挑戰して欲しい。

 

例題1.

右の樂器は、アメリカのオークションに「Miraphone made in Germany 3V Rotary Oval Euphonium」として出品されてゐた。この樂器名は、正しくは何だと考へられるか。

 「あ、テナーテューバ!」と言ふのは、ちょっと困るが(笑)。一見して、3ロータリーなので、テノールホルンと考へ易い。それも大事なこと。そしてそれが正しいかどうかを判斷していくのが、もっと重要なことである。考へなくてはいけないのは、「ベルの大きさ」と「ボアの大きさ」だ。ところが、その情報は記されてゐない。そこで、ベルの太さを比較檢證してみる。上の方にアップしたテノールホルン、バリトンの畫像と見比べて欲しい。テノールホルンとバリトンとのどちらに近いか。それでも判断が付かなければ、ベルの付け根部分の太さをよく見比べてみよう。勿論ベルの大きさも比べてみる。そして、ベルと反對側(樂器の右側)の管、上の方の管の太さを、よ〜く見比べて欲しい。これらを總合的に判斷して、ワタシは、コレはバリトンの3ロータリーモデルであると結論づけた。みなさんには、どのやうに見えるだらうか。

 

例題2.

右の樂器は、アメリカのオークションに「Miraphone Euphonium」として出品されてゐた。この樂器名は、正しくは何だと考へられるか。

 さっきは3ロータリーのバリトンだったから、今度は4ロータリーのテノールホルンだとするのは、正解かも知れないが樂器を見極める力にはならない、念のため(笑)。これも、上にアップしてある畫像とよく見比べてみよう。ちょっと判斷が着けにくい。テノールホルンよりも太く、バリトンよりも細い感じがする。ロータリーが4つなので、管の太さも判斷し難い。そんな時は、あんまり考へすぎる前に、ミラフォンのサイトに行ってみる(ちゃんとドイツ語の方にアクセスすること)http://www.miraphone.de/

 「Katalog」の項目をクリックして、Tenorhorn, Bariton をクリックする。ウチのページに載せたテノールホルンは、050047 といふモデルだが、このカタログには 050047W といふのがある。ドイツ語が讀めれば簡單なことなのだが、このWは、大きいベルを意味する「weit」を表してゐるのである。ベルが大きいテノールホルンもあるといふことが、これで判り、さらに先のページを讀むと、逆にベルの小さいバリトンがないことも、これで判る。さらに見ると、4ロータリーのテノールホルンがあることが判る。050047WL4 だ(Lは、スペックを讀むと、 Loimayr モデルとなってゐる。この人。どうだらう、例題2.の樂器に、かなり近い大きさではないだらうか。といふことで、050047WL4 だとは言ひ切れない(ロータリーのシステム、マウスパイプの形状が違ふ)が、この樂器がテノールホルンであり、バリトンではないといふことが、かなり確實になってくることと思ふ。

 このやうにして、出來るだけ正確な情報を元に、比較檢討して行くウチに、次第に眼が養はれて行く。次の例題は、ワタシの見解を示さないので、自分の力でよ〜く考へて欲しい。ちなみに、例題3.のモノは、マイスター・アントン社製だが、同社は、ミラフォン社の樂器をベースにして、テューンナップモデルを販賣してゐるさうである。それを手掛りに、判斷して欲しい。諸君らの健鬪を祈る!(笑)

 

例題3.

右の樂器は、あるサイトで「Meister Anton Tenorhorn」として通販されてゐた。この樂器名は、正しくは何だと考へられるか。

例題4.

右の樂器は、アメリカのオークションに「Mirafone Euphonium date of manufacture was 1973.」として出品されてゐた。この樂器名は、正しくは何だと考へられるか。

 


1. ユーフォニアムや、それに近い様々な樂器の博物館が、GUSTAV さんにより開設された。その名も「Euphonium Museum」。閲覧者自らが情報を登録出來る仕組になってゐるところが面白い。開設して日は淺いが、全世界の樂器が續々と登録されてゐる。
http://gustav-net.com/euph/

2. 樂器を眺めてゐると、色々なことが見えるやうになってくる。例題1.のバリトンは、マウスパイプが通常より高い位置に變更されてゐるといふことが見抜けたとしたら、相當な眼力が備はってゐると言っていい!

3. 折角なので、Tenortuba といふ名稱を用ゐてゐるメーカーの樂器を見てみる。
 右の畫像は、メルトン社の B-Kaiser Bariton Nr.144。このモデルのベルをストレートにしたタイプを、メルトンでは B-Tenortuba Nr.144a としてゐる。また、その144a の5ヴァルヴモデルが145である。ちなみに、同社にはテノールホルンやバリトンのストレートベルもある。それらは特に名稱の變更はなく、それぞれテノールホルン、バリトンとなってゐる。カイゼルバリトンのストレートベルのみが、テノールテューバとなってゐる。現在、メルトンのプライスリストからは姿を消してしまった。
 その下が、タイン社の Tenortuba。テノールテューバとはいふものの、タイン社のテノールホルンをストレートベルにし、ロータリーを増やし、マウスパイプを改良し・・・って具合。タイン社のオーダーメイドといふポリシーから察するに、オーケストラの奏者から「テナーテューバを作ってくれ」と言はれて作ったので、テノールテューバといふ名稱になったのではないかといふ氣がする。一般にテナーテューバと言はれてゐるからテノールテューバといふ名稱になったとは、考へにくい。

 



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Hidekazu Okayama